2025年12月末、台湾海峡を取り巻く情勢は新たな緊張のフェーズに突入しました。中国人民解放軍(PLA)による大規模軍事演習「正義使命-2025」において、ロケット弾27発の発射と、それに伴う民間航空機約900便への影響が発生したという事実は、単なる「示威行為」の域を超えています。
これは、将来的な台湾有事において想定される「ハイブリッド封鎖(Quarantine)」の予行演習であり、民間経済を人質に取った新しい戦い方の発露です。本稿では、この事態を多角的な視点から深層分析します。
1. 事態の概要:2025年末の「台湾海峡・航空ショック」
まず、今回の事象が過去の演習(2022年のペロシ訪台時や2024年の「連合利剣」演習)と決定的に異なる点は、「民間インフラへの直接的かつ大規模な遮断効果」を明確に意図し、実行した点にあります。
- 発射兵器:長距離ロケット弾(PHL-191等と推定)計27発
- 着弾区域:台湾本島周辺の海域(一部は24海里接続水域内へ侵入)
- 航空影響:台北飛行情報区(FIR)を通過する国際線・国内線 約900便に遅延・欠航・ルート変更が発生
- 影響旅客数:推計10万人以上(1日あたり)
- 背景:米国による過去最大規模(111億ドル)の対台湾武器売却への報復措置
特筆すべきは、ロケット弾という「安価で大量投射可能な兵器」を用いて、高価で精密な民間航空物流網を麻痺させたという「非対称なコスト賦課」の構造です。
2. 【中国側の視点】「封鎖」の既成事実化とコストの転嫁
① 「台湾海峡の内海化」に向けた法執行の演出
中国にとって今回の演習の最大の狙いは、台湾海峡および台湾周辺空域の管轄権が自国にあることを物理的に誇示することです。従来は「軍事演習」という名目でしたが、今回は海警局(Coast Guard)の船艇も多数参加しており、これを「軍事作戦」ではなく「自国領土内における警察権の行使(法執行)」として演出しています。
民間機に対して「危険区域(Danger Zone)」を設定し、実際にそこへロケット弾を打ち込むことで、「中国の許可なくこの空域を通ることはできない」という既成事実(ニューノーマル)を積み上げています。
② 経済的威圧(エコノミック・コアラッション)の実験
中国指導部は、台湾への全面侵攻(上陸作戦)が軍事的にハイリスクであることを理解しています。そのため、武力を使わずに台湾を疲弊させる「兵糧攻め」のオプションを模索しています。
今回の演習で証明されたのは、「ミサイルを一発も命中させなくても、台湾の空を閉ざせる」という事実です。航空保険料の高騰、物流の遅延、観光客の減少といった「見えない経済制裁」を台湾社会に課すことで、台湾内部から「中国との対立はコストが高すぎる」という厭戦気分を醸成させる狙いがあります。
③ 国内向けのアピールと対米牽制
2025年は習近平体制にとっても重要な時期であり、米国からの大型武器供与に対して「断固たる措置」をとる必要がありました。「ロケット弾27発」という具体的な数字と映像は、国内のナショナリズムを満足させると同時に、トランプ次期政権(または現政権)に対して「台湾問題には妥協しない」というレッドラインを再提示するメッセージです。
3. 【台湾側の視点】「ゆでガエル」の危機とジレンマ
① 「24海里」の防衛ライン無力化への懸念
台湾国防部にとって衝撃だったのは、ロケット弾の一部が台湾の接続水域(24海里)内、あるいはそれに極めて近い海域に着弾したことです。これは領空・領海(12海里)への侵入の一歩手前であり、台湾軍の迎撃判断を極めて難しくさせます。
もし台湾軍がロケット弾を迎撃すれば、中国側は「演習への妨害」としてエスカレーションの口実にするでしょう。逆に何もしなければ、防衛ラインはじわじわと後退します。この「グレーゾーンの飽和攻撃」に対し、台湾は有効な対抗策を打ち出し切れていません。
② 「孤島」としての脆弱性の露呈
台湾はエネルギーと食料の多くを輸入に頼る島国です。今回の演習で民間機900便が影響を受けた事実は、台湾市民に「封鎖されれば逃げ場がない」という閉塞感を与えました。
- 半導体産業への打撃:TSMCなどが製造する半導体チップは航空貨物で世界へ運ばれます。空の便の乱れは、台湾経済の生命線であるハイテク輸出に直結します。
- 離島(金門・馬祖)の孤立:演習期間中、離島便が全便欠航となるなど、物理的な分断が発生しました。これは有事の際に離島が最初に見捨てられる恐怖を住民に植え付けます。
③ 「認知戦」への対抗
台湾政府は「中国は地域の平和の破壊者である」と国際社会に訴えていますが、中国側は「台湾独立派が原因だ」と宣伝しています。民間機への影響が出たことで、台湾国内では「政府の強硬姿勢が市民生活を脅かしている」という野党や親中派からの批判も出やすくなります。中国は、台湾の民主主義社会の分断を意図的に狙っています。
4. 【第三国(日本)の視点】「他人事ではない」物流と安全保障
① 日本の「シーレーン・空の道」の遮断
日本にとって台湾周辺空域(台北FIR)は、東南アジアや中東へ向かう航空機・船舶が通過する大動脈です。この空域が「危険地帯」となれば、日本の航空会社はフィリピン東方沖への大迂回を余儀なくされます。
② 先島諸島(与那国・石垣)への波及リスク
演習区域が台湾の東側や北側に設定されると、日本の排他的経済水域(EEZ)や、与那国島の防空識別圏(ADIZ)と重なるリスクが高まります。2022年には実際に日本のEEZ内にミサイルが着弾しました。
今回のようなロケット弾演習が常態化すれば、沖縄県の漁業活動や観光にも甚大な被害が出ます。日本政府としては、「台湾有事は日本有事」という言葉が、経済的側面から現実化したと捉えるべきです。
③ 邦人保護と退避計画の現実味
台湾には2万人以上の日本人が在留しています。民間機が止まるということは、いざという時の「脱出手段」が消えることを意味します。自衛隊機による退避活動も、中国軍が空域を封鎖していれば極めて困難です。今回の事案は、日本政府に対し、民間定期便が動いているうちの早期退避判断(フェーズ0での決断)の重要性を突きつけました。
5. 総合考察:今後の展望と「新しい戦争」の形
今回の「ロケット弾27発と民間機900便への影響」という事象から読み取れる今後の展望をまとめます。
① 演習の「定例化」と「抜き打ち化」
中国は今後、事前の予告期間を短くした(あるいは予告なしの)抜き打ち演習を増やすでしょう。これにより、台湾および周辺国の民間経済活動は常に不安定な状態に置かれます。「いつ止まるかわからない」というリスクは、外国企業の台湾投資を躊躇させる最大の要因となります。
② 軍事と民間の境界消失
従来、戦争と平和の間には明確な境界がありましたが、中国の戦略はその境界を曖昧にします。民間機を直接撃墜はせずとも、「飛べない状況」を作ることで経済的ダメージを与える。これはミサイル攻撃の前段階としての「法的戦(Lawfare)」と「経済戦」の融合です。
③ 国際社会に突きつけられた選択
ICAO(国際民間航空機関)などの国際機関は、これまで中国の演習区域設定に対して強い措置を取れていません。しかし、今回のような大規模な航空妨害が常態化すれば、世界の航空業界が団結して中国に抗議するか、あるいは台湾ルートを恒久的に避ける(中国の勝利)か、厳しい選択を迫られることになります。
| 視点 | 主なリスクと課題 | 今後の戦略トレンド |
|---|---|---|
| 中国 | 国際的な評判の悪化 周辺国の軍備増強誘発 |
「演習」の名を借りた実質的封鎖の常態化 非軍事手段(海警・民兵)の活用 |
| 台湾 | 経済の疲弊と孤立 防空ミサイルの在庫枯渇 |
非対称戦力の強化 重要物資の備蓄と通信インフラの強靭化 |
| 日本 | 物流コスト増・シーレーン危機 邦人保護の難航 |
南西諸島の防衛力強化 特定重要物資のサプライチェーン再編 |
結論として、今回の演習は「台湾侵攻のリハーサル」であると同時に、世界経済に対する「人質外交」の側面を強く持っています。私たち第三国は、これを単なる「地域のニュース」として消費するのではなく、自国の物流や経済安全保障に直結する危機として、冷静かつ深刻に受け止める必要があります。